のべおかの神話

のべおかの神話について載せています。

イザナキとイザナミの国生み

shinwa01 かつて天地が開け始めたころ、神々が住む高天原(たかまがはら)に最後に現れた男の神様・イザナキと女の神様・イザナミは、まだ柔らかく、どろどろと、ゆらゆらと漂っていた地に、人が住めるような国を造るよう命じられました。

天の浮橋(あまのうきはし)から、二人が天の沼矛(あめのぬぼこ)を下ろしてかき混ぜると、矛の先からしたたり落ちた塩が積もり固まって「おのころ島」になり、さらに淡路、四国、九州など大八島(おおやしま)と六つの島々が生まれました。

国生みを終えたイザナキとイザナミは、山の神や海の神など三十五もの神を産み落としましたが、イザナミは火の神・カグツチを産んだ時の傷がもとで黄泉国(よもつくに)へ旅立ってしまいます。イザナミを取り戻しに行ったイザナキでしたが、妻の無惨な姿を見て地上に逃げ帰り、日向(ひむか)の阿波岐原(あわきはら)で汚れをはらう“みそぎ”を行いました。その時にたくさんの神様が生まれました。イザナキは最後に生まれたアマテラスに高天原、ツキヨミに夜、スサノオに海を守るよう命じました。

天孫降臨

shinwa02 高天原に対し、地上の葦原中国(あしはらのなかつくに)はまだまだ国が出来上がっていませんでした。そこで高天原を守るアマテラスは、孫のニニギに葦原中国を治めるように命じ、三種の神器(さんしゅのじんぎ)を授けました。

ニニギが神々を率いて地上に降りようとすると、途中の分かれ道で、高天原と葦原中国を照らす神が立ちはだかりました。その神は国つ神(くにつかみ)のサルタヒコと名乗り、一行の道案内をしようと申し出ました。サルタヒコらの案内でニニギは筑紫(つくし)の日向の高千穂の霊峰に降り立ち、高天原に届くほどの大きな屋根を築いてここに住むことにしました。

笠沙の出逢い

shinwa03 ある日、笠沙の岬(現在の愛宕山)に出かけたニニギは、美しい娘に出逢いました。山の神・オオヤマツミの娘、コノハナサクヤヒメと名乗り、花が咲いたように美しい娘です。ニニギは一目惚れし、すぐに父のオオヤマツミに結婚を申し込みました。

コノハナサクヤヒメは、すぐに妊娠しますが、自分の子ではないと疑うニニギに、コノハナサクヤヒメは戸のない産屋を作り「この子が天つ神の子ならば、無事に産まれましょう」と言って産屋に入り、火を放ちました。その中でホデリ(海幸)、ホスセリ、ホオリ(山幸)の三人の皇子を無事産み、皇子がニニギの血を受け継いでいることを示しました。この場所が火生野で、それが転訛して俵野(北川町)になったと言われています。

ホオリと祝子川

shinwa04 大崩山の麓から日向灘に注ぐ祝子川(ほうりがわ)は、ホオリ(山幸彦)が産湯を漬かったところで、川の名はホオリにちなみます。

ホオリは、母・コノハナサクヤヒメにお乳が出なかったため、大崩山の麓に住む豊穂の姫のもとに預けられることになり、神楽囃子や笛の音、太鼓の音がする春祭りの最中に麓にやってきました。人々はこの祝い祭りの最中にやってきた皇子のことを「神の子祝皇子」、「祝い皇子」と呼んだので、この地が後々まで「祝子」と呼ばれることになりました。

海幸彦と山幸彦

shinwa05 ホデリ(海幸彦)は海で魚を捕って暮らし、ホオリ(山幸彦)は山で獲物を捕って暮らしていましたが、ある時ホオリがそれぞれの道具を交換しようと言いだし、交換しました。ところがホオリは魚が捕れないどころか、兄が大事にしていた釣り針をなくしてしまいます。そこで自分の十挙剣(とつかのつるぎ)をうち砕いて代わりの釣り針を作って詫びますが、許してもらえません。シオツチノの翁の助けもあり、海の神・ワダツミの宮殿に行き、何とか釣り針を見つけることができました。その時、出逢ったのがワダツミの娘・トヨタマヒメです。二人の間に生まれたのがウガヤフキアエズです。

4皇子の誕生

shinwa06 ホオリの子供、ウガヤフキアエズは育て役だった母の妹、タマヨリヒメと結婚し、イツセ、イナヒ、ミケヌ、ワカミケヌ(のちの神武天皇)という四人の皇子を産みました。五ケ瀬川の由来は、イツセの名前にちなむと言われています。

ニニギの御陵墓

shinwa07 可愛岳(えのたけ・北川町俵野)の麓にある古墳は、ニニギの有力なお墓として宮内庁から認定されています。山頂にある鉾岩がお墓という説もあります。

神武天皇のお舟出

shinwa08 ウガヤフキアエズとタマヨリヒメの子供として最後に産まれたワカミケヌは、本当の名をカムヤマトイワレヒコ(のちの神武天皇)といい、生まれながらに賢く、性格もしっかりしていました。やがてカムヤマトイワレヒコは、兄たちと相談して天下を治めるため東に旅立つことにし、美々津(日向市)の港から舟出しました。